更新日:2017年03月13日

Japan Vision Vol.53|地域の未来を支える人 愛知県豊橋市
株式会社 杉浦製筆所
四代目 杉浦 美充さん

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愛知県豊橋の地で江戸後期に発し、明治時代に研鑽・発展した「豊橋筆」の伝統技術を継承する株式会社杉浦製筆所 四代目:杉浦 美充 (すぎうら よしみつ)さんのメッセージをご紹介します。
豊橋筆は墨になじみやすく、すべるような書き味が特徴です。
これは豊橋筆独自の技法である「水を用いた織り混ぜ」によるもので、この工程により生み出される筆は“墨含みが良く、墨はけは遅い”という使いやすさを備え、多くの書道家に愛されています。
昭和51年(1976年)には、国の伝統的工芸品にも指定されました。
※伝統工芸品指定をされている「筆」は全国で4ヵ所のみです。

杉浦製筆所の四代目で、伝統工芸士である杉浦 美充さんが、筆作り職人としての道を志してから今年で30年が経ちます。
すべて手作り・全36工程にもおよぶ豊橋筆作りの職人として、日々筆作りをするかたわら、後進の指導にも力を注いでいる杉浦さんは、ただ筆を作るのではなく、書き手がどんな「書」を書きたいのか?どんな目的・どんな想いで書くのか?を頭の中でイメージしながら、筆作りと真摯に向き合うことが重要だと言います。
江戸後期に下級武士の副業として始まり、伝統工芸にまで発展した豊橋筆の技術を現代に受け継ぐ匠のメッセージをぜひご一読ください。

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はじまりは「下級武士の副業」でした。

豊橋市の歴史は文化元年(1804年)、当時の吉田藩が京都の鈴木甚左衛門(じんざえもん)を「筆匠(ひっしょう)」として招き、下級武士の副業として筆作りを奨励したことに始まります。
明治時代に入り廃藩置県となった頃、筆作りを覚えた武士3名ほどが、筆作りを専業にしました。
そのうちの一人、芳賀 次郎吉(はが じろうきち)は、従来の芯巻筆を改良して水筆(現在の毛筆)の製法を広め、さらにその弟子となった佐野 重作(さの じゅうさく)が改良を加え、また多くの弟子を養成するなどして、現在の豊橋筆の基礎を作りました。
佐野重作は農家の子に生まれ、もともとは農業をやるのが嫌で実家を飛び出し勘当されますが、吉田藩の農兵になり、廃藩置県後に芳賀次郎吉の下で修行をして、腕の良い職人となりました。
そして、豊橋市内だけではなく東京へと販路を広げ、書道家や画家に広く愛用されるようになり、明治初期には3人だった筆職人が120人程まで増えたと聞きます。
豊橋筆の業界ではこの功績を称え「豊橋筆の創始者・功労者」として記念碑も立てられています。
杉浦製筆所の創始者である私の祖父は、佐野重作の孫弟子にあたる人物です。
昭和初期には600人にまで増えていた筆作り職人の多くが戦争で徴兵され、また空襲被害にも遭ったことで衰退してしまいましたが、父の叔父が私財を投じて材料や筆作りを行う環境を提供したり、また戦争でなくなってしまった書道の授業を復活させる運動をしたりするなど尽力しました。
その後、書道が義務教育の必須科目として指定され豊橋筆も徐々に繁栄を取り戻し、現在は豊橋筆の伝統工芸士は14名います。
確かな記録としては残っていませんが、祖父が独立したのが大正10年ごろですので杉浦製筆所はもうすぐ100周年を迎えることになります。

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筆作りの製造工程は36工程。
品質の高い筆を作れるまでには10年の修業が必要です。

筆作りの製造工程は全部で36工程です。
大きく分けると、原料となる動物の原毛をより分ける作業→毛もみをする作業→毛を練り混ぜて整える作業→毛並みを揃えて芯を造る作業→芯の外側にそろえた毛を巻き付ける作業→乾燥・糊付けをする作業→柄を付ける作業→彫刻を入れる作業です。
原毛の毛もみをする作業では、煮沸をしてから毛の“くせ”を取ります。
その後、毛に灰をまぶして転がすように研磨しながら少しずつ余計な脂分を抜いて行きます。
また、毛を練り混ぜる作業・毛並みを揃える作業では、特徴や長さの異なるさまざまな動物の毛の分量を調整しながら均等に混ざるまで何度も繰り返し、癖のある毛、毛先の尖っていない毛を1本ずつ抜いて仕上げるなど繊細さと集中力が必要です。

筆に使用する動物の毛は、最も多く使用される山羊(中国産が主流)を始め、馬・狸・猿・孔雀・ムササビ・イタチ・ウサギなど多岐にわたります。
また、どの部位の毛を使用するかも用途によって分かれます。
例えば繊細な書体を求める細筆には、イタチなど比較的小さな動物の尻尾の毛を使います。
太く力強い書体を求める太筆には、山羊や馬といった大きい動物の尾や胴体の毛を使います。
一般的に広く市販されている筆では、1本の筆にだいたい7種類くらいの動物の毛が使われており、バランスよく偏りが無いように練り混ぜて仕上げられています。
山羊の首の周り毛は、毛が細くて柔らかいため墨の含みも良く、その毛だけで造られた筆は高級品として扱われ書道家の目的や好み・こだわりで選ばれています。
筆作りの職人として、一通りの作業を習得するのに約3年。
さまざまある材料の特性を見極めて、品質の高い筆を作れるようになるまでには、やはり10年の修行が必要です。
相手にする原料が、野生の動物のものであり一定ではないため、たくさんの経験を積んで見極める「目」をもつことが大事なのです。

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一番若い職人は現在25歳。
若い世代に興味をもってもらうことは業界の発展に繋がります。

現在杉浦製筆所には、年齢層もさまざまな7人の職人がいます。
一番若い職人は現在25歳。
中学生の時に職場体験で筆作りに魅せられて、この道に入ることを決意したそうです。
こうした若い世代の人が伝統工芸に興味を持ち、伝統工芸士を目指すことは、何より業界の発展につながるため、製筆所内での指導だけではなく学校などに出向いて実演や指導をしています。
子供たちに製造工程を体験してもらったり、自分の筆として接着・仕上げをして1本の筆を完成させた時の笑顔を見るととても嬉しい気持ちになります。
書道ブームで、書道を学ばれる方も増えています。
催事会場などで筆を見に来られる方の多くは40代~70代の女性ですが、若い世代の方も増えてきている印象です。
女性の書道家や毛筆を使ったデザイン書・お酒の銘柄の字・企業ロゴなどを作る「デザイン書道家」として、若い女性が活躍していることも追い風になっているのではないでしょうか。


伝統工芸品は、その使い手がいて初めて活きるものです。
私たち伝統工芸士に必要なのは、ただ筆を作るのではなく、書き手がどんな「書」を書きたいのか?どんな目的・どんな想いで書くのか?を頭の中でしっかりとイメージしながら、筆作りと真摯に向き合うことです。それが伝統工芸士としてのプロ意識と考えています。

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