更新日:2017年04月28日

Japan Vision Vol.59|地域の未来を支える人 千葉県富津市
タマサ醤油醸造元 宮醤油店 代表取締役
宮 敬一郎さん

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上総国佐貫藩(かづさのくにさぬきはん)の城下町(現在の千葉県富津市佐貫)で、天保5年(西暦1834年)の創業以来、180年の歴史を持つタマサ醤油の醸造元、宮醤油店 代表取締役:宮 敬一郎(みや けいいちろう)さんのメッセージをご紹介します。

木更津市から館山市まで伸びる国道127号線を南下すると、ひときわ大きな木製の熟成桶が位置する交差点があります。
その奥に佇む風情のある木造建築(※国の登録有形文化財として登録)が宮醤油店です。
宮醤油店は、もともと呉服屋を営んでいた一族の六男が創業し、温暖な気候と良質な水に恵まれた佐貫の土地で、一貫して人工的な温度管理をしない「天然醸造方式」による醤油製造を行っています。
自動化・大量生産の波に流されることなく、徹底的に醤油の品質を追求してきた宮醤油店の商品は、「農林水産大臣賞」や「品評会名誉会長賞」の受賞をはじめ全国から高い評価を受け、多くのファンに愛されています。
江戸末期から変わらない味と品質、そして独自の製法と聞くと「門外不出」をイメージしますが、代表の宮 敬一郎さんはどこまでも気さくな方で、オープンにお話をしていただきました。
そんな匠のメッセージをぜひご一読ください。

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醤油造りに良質な「佐貫の天然水」は欠かせません。

美味しい醤油の製造には、良質な水が欠かせません。
ここ佐貫は昔から水が良い土地として有名で、宮醤油の仕込み水にも、この土地の地下水を使用しています。もともと海底だった砂地が隆起してできた地盤が「天然のフィルター」の役割を果たし、良質な水を産み出してくれているのです。長い時間をかけて雨水が浸透した地下水は、カルシウムを多く含み、それでいて鉄分が少なく、醤油の醸造に最適です。
醤油の品質に対して「水」が与える影響はとても大きく、私たちの設備をすべて他の土地に移し、同じ醸造方法で醤油を造っても、同じ品質のものは出来ないでしょう。この天然水と、良質の大豆と小麦から造った醤油は、「煮物」などに使用すると、とても綺麗な色の出汁をとることができるとご好評をいただき、和食店をはじめ、さまざまな料理店の他、大手ラーメン店の出汁醤油としてもご愛用いただいています。

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創業以来守り続ける「天然醸造」の定義。

私たちが創業以来守り続けている「天然醸造」の定義についてよくご質問をいただくのですが、条件は2つあります。1つは「もろみ」の段階で、人工的な温度管理を一切行わないこと。そして2つ目は、もろみの発酵を促進するために酵母の添加などを行わないことです。

醤油造りは大きく4つの行程に分かれていて、次の順に進みます。
① 麹造り(製麹) 
② もろみ造り(発酵・熟成) 
③ 搾り(もろみから生醤油を絞る) 
④ 火入れ(加熱・消毒・香り出し)
昔から特に重要な工程とされているのが、①②④です。最初の行程である麹造りは、蒸した大豆ときつね色になるまで煎ってから砕いた小麦に麹菌(種麹)をまぶし、約3日間寝かせます。大豆のたんぱく質と小麦のでんぷんを分解し、もろみの発酵に必要な酵素が出来るのです。麹菌は環境の変化にとてもデリケートで、この「麹」が上手く出来ないともろみの段階で発酵が進まないため、厳格な温度・湿度管理が行われます。

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巨大な31の木桶は、どれも100年以上使い続けています。

出来上がった麹に、海水の約6倍の濃度の塩水を合わせて、深さ・直径共に2.7mの巨大な木桶に移し、約1年間かけて発酵・熟成を進める工程が「もろみ造り」です。「天然醸造」の条件にある通り、宮醤油では人工的な温度管理や酵母の添加を一切行わず、自然環境の中で行っています。
もろみを造る木桶には、目には見えないさまざまな菌が住んでいます。良いもろみを造っている木桶には良い菌が多く住み、品質の低いもろみを造っている木桶には悪い菌が多く住んでいます。木桶一つひとつに個性があり、まったく同じ素材で同じ造り方をしても出来上がる醤油の風味は異なります。そのため、良質のもろみを造ることができる木桶を「使い続けること」が重要なのです。宮醤油では合計31の木桶で仕込みを行いますが、そのどれもが100年以上、長いものでは150年以上使い続けられています。

もろみ造りは春に始まります。木桶に入ったもろみは乳酸発酵の開始とともに大量にガスが発生するため、それを抜くためにほぼ毎日「櫂入れ(かいいれ)」(※もろみの中に空気を入れ、泡の上昇を利用してガスを抜く作業)を行います。これを怠るとくさみが残り、なめらかな醤油にはなりません。そしてアルコール発酵が始まる夏になると空気に触れさせるのはよくないため、櫂入れは行わず、熟成期間に入ります。もろみ造りはこれらのタイミングの見極めがとても大切で、長く経験を積んだ職人であれば間違うことはありませんが、乳酸の量や酸性値などの計測から明確な基準を設けて進めています。

こうして1年間の熟成期間を終えたもろみを布袋に包み、布袋を100段ほど積み上げてから圧力をかけて“搾る”と「生醤油」が出てきます。この「生醤油」の中にはまだ菌が生きていて、厳密に言うと発酵も進んでいる状態なので、ここで最終的な醤油の品質と香りを決める大切な最後の工程である「火入れ」をします。搾った生醤油を約85℃で程よく加熱することで発酵を止め、最も大切な香りを出すのです。これで醤油の完成です。

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小さな醤油店が生き残ることができた最大の理由は
“180年間やり方を変えなかった”こと。

醤油の生産が日本一の千葉県ではかつて400程の醤油蔵がありましたが、自動化・大量生産の波で淘汰が進み、今では大手3社(キッコーマン、ヤマサ、ヒゲタ)の他は、数えるほどとなりました。その中で私たちのような小さな醤油店が生き残ることができた最大の理由は、“180年間やり方を変えなかった”ことだと思います。
たとえ効率が悪くても、昔ながらの木桶を使った「天然醸造」にこだわり、「量」よりも「質」を追求してきたことで、生協をはじめ醤油の個性と価値を信じてくださるお客さまが支えてくださいました。
醤油造りの起源は、天然素材と天然醸造です。実際に醤油を造っているのも微生物と自然環境であり、人間はその手助けをしているに過ぎません。また農業と同様、1年に1度しか結果を知ることが出来ない、つまり1年に1度ずつしか経験ができない、とても奥が深いモノづくりです。地道な作業が多く、また自分のものにするには多くの時間が必要ですが、とてもやりがいのある仕事だと思います。

食の多様化によって、かつて家族の食卓には毎日の様に並んでいた「煮物」が減り、国内の醤油の消費量は右肩下がりの状況です。今後も醤油造りを続けて行くために、造り手である私たちが醤油の個性と価値を信じ、多くの方に調理に使用する楽しさと、大量生産の醤油には出せない「ホンモノの美味しさ」を伝えていきます。

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