更新日:2017年08月07日

Japan Vision Vol.72|地域の未来を支える人 北海道小樽市
おたる政寿司 三代目
中村 圭助さん

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北海道小樽市で創業79年の歴史を持つ老舗寿司店:おたる政寿司 三代目:中村圭助(なかむら けいすけ)さんのメッセージをご紹介します。
“老舗寿司店”と聞くと、「創業以来守ってきた伝統・技術・味」などといったイメージを持たれる方が多いかと思いますが、中村さんから聞かせていただいたお話は全く逆の内容でした。79年間変えていないことは、「おいしさづくり・人づくり・幸せづくり」という経営理念のみ。それ以外のことは、より良いカタチにしていくためにどんどん変えていく。「おいしさ」と「お客さまの満足」に繋がることは何でもやる!という強い信念で、日々さまざまなことを学び、実践されています。

今年でキャリア16年目を迎えた中村さんは現在、常務取締役 兼 仕入部長として、おたる政寿司全店の仕入れ責任者を務め、お店では白衣に袖を通し、その傑出した寿司技術でお客さまのおもてなしをしています。寿司職人として、またおたる政寿司と寿司業界の未来を見据える経営者として、「おいしさ」と「お客さまの満足」を徹底的に追求する匠のメッセージ、皆さまもぜひご一読ください。

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「寿司屋を継げ!」とは言わなかった父。
幼少期から身近な存在だった寿司職人を「素晴らしい!」と思った瞬間。

僕は政寿司二代目:中村全博(まさひろ)の次男として生まれました。
生まれた時からずっとお店の上に実家があり、学校に行くときも帰るときもお店の玄関から。幼少期の僕と遊んでくれたのも板前やお姉さんたち。大きな宴会などがあった時には、いっしょに後片づけをしたり、板前さんやお姉さんのマネをして、自分なりに「仕事」をしていたことを今でもよく覚えています。
小学生の頃から、お店の規模が大きくなりはじめました。お店はいつもにぎやかで、中学から高校へ進学するタイミングには、小樽運河の近くにもお店ができたり、実家の仕事がどんどん拡大していることを実感していました。両親はいつも忙しそうでしたが、子どもの目から見ても仕事が楽しそうだったので、「自分もいずれは寿司職人になるのかな。」と想像することができました。ずっと続けていた野球で「野球選手になろう!」という夢も持ってはいましたが、非現実的でした(笑)。

また両親は、子どもの自主性を重んじる教育方針で、僕に「寿司屋を継げ!」と言ったことは一度もありませんでした。そんな中で「寿司職人の仕事って素晴らしい!」と思えた瞬間は、政寿司の板前が出場する4年に一度開催される「全国寿司職人技術大会」を観戦した時のことです。全国の地区予選を勝ち抜いた板前同士で競う決勝大会(※東京新宿の京王プラザで開催)に、北海道大会で優勝した当時の政寿司本店の店長が出場しました。会場で見たどの作品も、味はもちろん、見た目もとても美しく、芸術性の高さを感じたと同時に、「こういうものを作って、人を喜ばせることができる仕事は素晴らしい!」と強く思い、寿司職人になることを決意しました。そして、修業するならまず家を出よう!と、東京の大学を卒業した後、銀座の老舗店で三年間の修業に入りました。

僕には2歳年上の兄がいますが、兄も僕と同様に、東京で3年間修業しました。親の教え通り「自分が修業するお店は自分自身で決める!」ことが重要と考えていたため、親の紹介ではなく、兄も僕もそれぞれ自分で探して決めました。たくさんのお店を食べ歩き、「ここだ!」と感じたお店に飛び込んで、「修業をさせてください!」と。晴れて(笑)親の監視が届かない環境での修行がスタートしました。

僕の修業したお店は、東京銀座の老舗店です。銀座の本店を中心に寿司屋と和食、天ぷらを合わせて十数店舗を展開する、年商20億円程の企業でした。寿司職人としての技術はもちろん、会社経営という視点でも学べることが多いのではないか!?と考え、志望しました。兄が修業したお店も同じ銀座の老舗でしたが、僕とは対照的に個人の親方がやっているお店でした。事前に兄と打ち合わせをした訳ではなかったのですが、お互いの性格やタイプ、修業に何を求めていたのか、違いが出ていたのかもしれません。
僕が修業したお店は、昔ながらの厳しい修業をさせるお店で、親方や先輩の板前達の指導はとても厳しかったです。「目で見て盗め!」「体で覚えろ!」という考えがベースにあり、仕事でヘマをすると躊躇なく鉄拳制裁が待っています。教えられていない仕事でもミスをしないのが当たり前で、褒められることはほとんどありません。三年間の修業期間中に褒められた事は、とうとう一度もありませんでした(笑)。そんな環境だったため、「経営のことも学びたい」という想いは叶わなかったですが、店の規模は大きく繁盛店でしたので、寿司職人としての技術・仕入れ・目利きといった点で、たくさんの貴重な経験をさせてもらいました。

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実家「政寿司」に戻り、仕入れ担当責任者に。

実家の政寿司に戻り、最初に担当したのは「仕入れ」です。その当時、仕入れに少し問題が生じていたため、戻ったばかりの僕に白羽の矢が立ちました。三年の修業をしたばかりの僕が、政寿司全店の仕入れをするのは、正直荷が重かったですが、言わずもがな、仕入れは寿司屋にとって極めて重要なため、「これはやらざるを得ない!」と、毎朝誰よりも早く市場に行き「人間関係づくり」に注力しました。
これは銀座・築地での経験から理解していたことですが、「仕入れ」は“目利き”の力ももちろん重要ですが、それだけでは良い魚を確保することはできません。最も重要なことは、その日市場で一番の魚を出してもらえるような「人脈・人間関係・信頼関係」をつくることです。その日の朝、仲卸業者の店頭に並んだ魚を「目利き」だけで選ぶのでは遅く、魚が流通する「上流」の部分で、どこよりも良い魚を押さえる必要があります。
札幌市場の中でも、マグロはこの人、海老はこの人、白身はこの人、貝や光り物は・・・といったように、それぞれの専門分野で、最も良い魚を押さえている人に「最高の魚」を出してもらい、出してもらった以上は、それを買い切る。野暮な値切りはしない。これによって、お互いに良い関係を創ることができていると思います。
ちなみに政寿司で使っているマグロは、大西洋カナダ沖で獲れる300キロ超えのマグロだけです。これを確保するのには相応の苦労がありましたが、マグロ漁師も「どこに出せば、品質の良さをわかってもらえるのか?」「高く売れるのか?」と常に良い売り先を探しています。そういう人を見つけて、後は同じアプローチです。もともと安く手に入れられるものではないので、うちは300キロ超えでも、相応しい価格で「一本買い」します。さらに、捨てるところがない仕込み・提供の仕方を考えることで、結果としてどこよりも良いコストパフォーマンスでお客さまに提供できるのです。

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創業当初から守っていること/どんどん変えていること。

「創業以来の伝統や技術、味」などについて、お客さまからもよく聞かれるのですが、変わらないのは祖父の代から受け継がれてきた、「おいしさづくり・人づくり・幸せづくり」という経営理念だけです。それ以外のことは良いと思ったらどんどん変えています。お寿司やお料理の仕込み・味付け、お客さまへの出し方、おもてなしの仕方、シャリやお店のつくりに至るまでぜんぶです!それが、お客さまに対するプロとしての責任だと考えています。お寿司に限らず、お客さまの食べ方や楽しみ方は、時代と共にどんどん多様化していますので、我々も常に「もっとおいしく」を考えて、やれることはどんどんやるべきだと思います。不思議に思われるかもしれませんが、“変化”を続けることで、お客さまは「いつも“変わらず”おいしいね!」と評価をしてくださいます。逆に、昔から“変わらない出し方”をすると、「“おいしくなくなった”ね!」と言われることもあるのです。

東京から政寿司に戻って12年が経ちましたが、仕入れや現場の仕事をやりながら、東京で勉強できていなかった「経営」や「マーケティング」のこと、その他「ネットビジネス」や「心理学・脳科学」のことなど、あらゆることを勉強しています。独学で勉強したものもあれば、各種研究機関がやっている講習などさまざまですが、学んだことをどんどん実践してみて、検証・評価をして、また試す。これを常に繰り返してきたことで、いろんなことに成果が出てきました。

たとえば、お店のつくりや雰囲気については「ノスタルジー効果」というものを取り入れていますが、人は「“懐かしさ”を感じるものに共感する」という本能が誰にもあり、人間の深層心理には恐竜時代の記憶すら残っているそうなのです。洞穴に住んでいるような雰囲気のなかで、暖かい炎のような灯りを見るとなんとなく落ち着いたり、居心地がよくなったりするといいます。それならば、壁は白ではなくて「黒」。照明も暖みのある色を、お客さまの席ではなくて、お寿司やお料理が並ぶカウンターに当てて、お客さま側は敢えて少し暗めに設定する。さらに長すぎるカウンターは、お客さまにとって空間が広すぎて落ち着かないため、ある程度「こじんまりとした空間」と感じられる程度のスペースで仕切る。この部屋がまさにそれを試してみた空間です。
結果として、変える前よりもお客さまの滞在時間が増えて、お寿司を食べる量もお酒の量も増えました。「懐かしさを感じられる空間では、居心地がよくなってお客さまの単価も上がる」という仮説が実証されたわけです。

それと接客方法について「お客さまは神さま」という考えがありますが、うちではそれが本当にお客さまにとって良いこととは考えていません。いろいろなお客さまがいらっしゃる中で、それが良い場合ももちろんありますが、「お客さまは神さま」と思うと遠慮して考えすぎてしまったり、逆にやりすぎてしまったりすることが往々にしてあります。基本はお客さまと同じ目線に立って、「自分がそのお客さまだったら、こう接してもらうのが嬉しい」と思う接客をする。それによって自然に長い時間を過ごして、たくさん食べたくなるような、そんな空間とおもてなしが大切だと考えています。明らかに亭主関白なご夫婦で、奥さまもそれを良しとしているなら、必ずしも「レディファースト」な必要はないですし、たくさん食べそうな方やお腹が減っていそうな方には、少し大きく握っても良いと思います。すべてにおいてマニュアル通りではなく、こうすべき!と思った時は、マニュアルから外れることも良し!です。

こうした店舗での試みやその成果を多くの方にシェアしているせいか、さまざまな業界の方から講演のお話もいただきます。お寿司の提供の仕方の工夫による効果などは、実際にお寿司を握りながら講演するため好評です。先日は、札幌で行われた「札幌コレクション」で、「和を表現したステージを考えられないか?」とご相談をいただき、細工した巻物の柄と同じ柄の着物を作り、巻物を作っているシーンと柄をプロジェクションマッピングで映しながら、その柄の着物を着たモデルさんがステージを歩く。という案を出したら、なんと実現してしまいました。
お店の売り上げ云々ではなく、さまざまな世代の方に、お寿司の魅力や楽しさを伝える新しい機会になったと思いますので、今後もこういった取り組みはやっていきたいと思います。

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お客さまに選ばれる「人」になる。

現在、小樽にはお寿司屋が130軒あります。
今残っているお店は、どこも工夫し、こだわっているため、小樽のお寿司のレベルはとても高いです。お客さまは口コミサイトや、SNSなどで多くの情報を収集し、また自分が感じたこと、評価をどんどんシェアしていきます。そんな中、選ばれるためにはお客さまの「こんなお寿司が食べたい」と思ってもらえることがまず重要ですが、「誰のお寿司を食べたいか?」という気持ちの、「誰」には自分がなることが最も重要で、選ばれるのを待つのではなく、自分から選んでもらえるような「人」になるための「ブランド造り」をしなければならないと思います。

“遊ばざる者、働くべからず”
これは僕のビジネスの師匠から教えてもらった言葉で、「座右の銘」として大切にしています。
「仕事を“本気の遊び”の様に“真剣に楽しむ“姿勢を持つことで、より質が高くなり幅も広がる。」という考え方に深く共感しています。実際に僕の周囲でも仕事を楽しんでいる人は、仕事を「仕事」と思っていないため、やっていることの質が高く、僕もそういう人からものを買いたいと思うからです。

自分の後輩たちにも、
“仕事を楽しむ”ことを重視して、
自分といっしょに、寿司業界を盛り上げて欲しいと思います。

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