更新日:2017年10月09日

Japan Vision Vol.80|地域の未来を支える人 北海道沙流郡平取町
アイヌ文化伝承者 二風谷アットゥシ職人
貝澤 雪子さん

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アイヌ文化発祥の地であり、今もなおアイヌの伝統が色濃く残る、北海道沙流郡平取町(さるぐん びらとりちょう)二風谷(にぶたに)地区で、半世紀以上にわたり「二風谷アットゥシ織り」を手掛けている、貝澤 雪子(かいざわ ゆきこ)さんのメッセージをご紹介します。
二風谷はアイヌ語で「ニプタイ(木の生い茂るところ)」という意味だとも言われています。貝澤さんをはじめ、二風谷に住む人たちは四季折々の表情を豊かに映す沙流川(さるがわ)の流域で、“自然を尊び、自然から学び、自然と共に生きる”というアイヌの文化を、現在まで脈々と受け継いできました。そしてアイヌの代表的な工芸品である「二風谷アットゥシ」と「二風谷イタ(盆)」は、2013年に経済産業省の伝統的工芸品に北海道で初めて指定されています。

貝澤さんにお会いして何よりも印象深かったのは、二風谷の土地と「アットゥシ織り」に対する深い愛情でした。「オヒョウ」という木の皮から膨大な手間をかけて作る、アットゥシ織りに使用する糸を、1日も休むことなく、二風谷を離れる日にも大切に持ち歩いて毎日触るのだそうです。「アットゥシを織ることがとにかく好き。好きなことで暮らしていける今が何よりも幸せ」という貝澤さんのお言葉は、その優しい表情とともに深く印象に残りました。
15世紀から続くアイヌ文化の伝承者として半世紀以上が経った現在も、「死ぬまで勉強」と作品作りに挑み続けている匠のメッセージを、皆さまもぜひご一読ください。

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しなやかで優しく、着物にも適している「おひょう」の糸。

「アットゥシ織り」は、冬場に氷点下20℃以下まで冷え込む厳しい環境を生き抜くために、アイヌ人が考え出した反物で、水に強く、天然繊維としては類稀(たぐいまれ)な強さと独特の風合いを持つ「おひょう」の糸を用いて、伝統的な着物や半纏、帯・小物などの制作に使用されてきました。
アイヌ文化発祥の地であるここ二風谷では、村人の多くが「アットゥシ織り」を手掛けていて、私も小学生の時から「糸づくり」を手伝って、お小遣いをもらっていたことを覚えています。当時は「おひょう」の木から作る糸よりも、比較的手間が掛からない「しなの木」から作ることが多かったのですが、「おひょう」に比べると固くてくせがあり、着物には向かないように感じていました。
「おひょう」の木から糸を作るのは、すべて手作業でとても手間が掛かります。でもその分しなやかで、触った感じも優しく扱いやすいため、着物や着物の帯、そのほかの小物にも適しているのです。糸の作り方は、まず「おひょう」の木の皮を剥(は)いで、いったんお湯で煮て柔らかくします。何層にもなっている皮を一枚ずつ剥がして、そのあと乾燥させてから、それを糸の太さになるように1本1本手で割くと、無地の糸の出来上がりです。その後、キハダの樹脂やアカネ、よもぎの葉やくるみの実の皮、マリーゴールドなど、身近にある葉や花・草木で「染め」ることで、いろんな色味・風合いの糸を生み出します。こうして、一つの毛玉を作るのにも大変な時間が必要ですが、「おひょう」の糸は毎日触っていても飽きないほど、心地が良いです。

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糸一本から世界に一つだけのもの。

「アットゥシ織り」は他の織り物と違って、糸一本から手作りなので、すべての作品が世界で一つだけのものです。アットゥシ織りを覚えるには、まず糸作りから。これがしっかりできないと綺麗な織り物は絶対にできないので、糸作りが仕事の8割~9割を占めるとも言われています。織る技術は、後からいくらでも勉強できるから慌てることはないですが、糸作りはしっかりと身につくまで、とにかく地道に丁寧にやり続けることが大切です。糸がしっかり出来ていればあとはきちんと織るだけなので、どんどん良い作品が作れるようになります。そして、作品を作るたびに、いろんな想像・アイディアが湧いてきて、また新しい挑戦がしたくなるんです。それを続けていくことで自然と手が動くようになるし、仕事が仕事を教えてくれるような感覚になれます。
たまに、「糸を譲ってください」と言う方がいらっしゃいますが、それはお断りしています。これまでいろんな経験と工夫を重ねて、一本一本たいへんな時間と気持ちを込めて作った糸/染めた糸は、私の命と言っていいくらいのものだから、それを作品にせずに譲ることはしないと決めてます。作り手にとってはそれだけかけがえのないものだし、それが使い手にとってもゆるぎない価値になっていくと信じているからです。

「アットゥシ織り」をお買い求めのお客さまは、お財布や名刺入れ、コースターや筆入れなど、実用的な生活小物を求められている方が多いです。着物や帯は女性のお客さまが中心ですが、こういった生活小物を気に入ってくださる男性のお客さまも増えています。ここに来ていただければいつでも購入することができますが、東京や大阪をはじめ、全国各地で展示会も開催しています。私が実演で織りはじめるといつの間にか人だかりができるほど、たくさんの方に興味を持っていただいてとても嬉しい気持ちになります。

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「アットゥシ織り」を残すために必要と感じること。

アイヌ人の生活様式・伝統的な風合いといった部分を守りながら、お客さまが求める風合いの作品を作り続けることが必要だと思います。二風谷で永く暮らしてきた私たちに身についている、自然と共に生きるアイヌ人の知恵や、自然に対する感謝の気持ち、そして工芸品作りの技術を大切にして、現代の生活様式に合う形に変えていくことで、「アットゥシ織り」のファンを増やしていくことが大切ではないでしょうか。

私が「アットゥシ織り」を始めたのが、19歳の時ですから、もう50年以上も織っていることになります。私はとにかく毎日でも、この糸に触っていることが好きなんです。朝4時か5時には起きて草刈りをして、8時になると糸作りをしたり、はたを織ることを日課にしています。それを毎日出来ることは、私にとって本当に幸せなことで、逆に糸に触れられないのは辛いことです。だから、旅に出るときも必ず糸を持っていきます。私が居るところには、いつも糸くずが落ちています(笑)。

母から教わった「糸作り」、嫁いだ先のお姑さんから教わった「はた織り」。主人(貝澤 守幸)が若くして亡くなるまでは、私がアットゥシを織り、主人は「二風谷イタ」などの彫刻をする、といったように夫婦でいっしょに作っていて、それは本当に楽しくて掛けがえのない時間でした。だから、アットゥシ織りを作り続けることは今でもわたしの生き甲斐です。そうやってずっと、好きなことをしているから77歳の割には元気でしょ?(笑) 娘夫婦や、二風谷で暮らす家族・仲間たちが、頑張ってくれているのはとても頼もしいことですが、糸を作ることも、染めることも、織ることも、常に新しいことを考えて、私も体が続く限り、頑張っていきたいです。

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