更新日:2017年12月01日

Japan Vision Vol.88|地域の未来を支える人 石川県金沢市武蔵町
株式会社タジマ
代表取締役 田島 乗彦さん 

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1897年(明治30年)の創業以来120年間にわたり、金沢市が世界に誇る伝統的工芸材料「金箔(金沢箔)」の製造・販売を手掛ける、株式会社タジマ 四代目代表取締役:田島乗彦(たじま のりひこ)さんのメッセージをご紹介します。
“伝統工芸”は、完成品である「工芸品」としての指定がほとんどで、「伝統的工芸材料」としての指定は「金箔」を含め3~4種類とわずかです。「金箔」の起源は明らかにされていませんが、白鳳・天平の文化を頂点とする古代国家の時代より、繁栄の象徴として装飾に金が使われていたことなどから、かなり以前より作られていたと考えられています。東大寺や唐招提寺(とうしょうだいじ)などの飛鳥・天平文化を彩る寺院建築や仏像彫刻、さらに室町の北山文化を代表する金閣寺、桃山時代の屏風やふすま絵など、「金箔」はさまざまな時代の芸術性を高める重要な役割を果たしてきました。
加賀の初代藩主:前田利家の時代から脈々と受け継がれ、現在では日本の金箔生産量の98%以上を占める金沢の地で、「金沢箔」の伝統を受け継ぐ匠のメッセージを、皆さまもぜひご一読ください。

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「二の丸御殿」を再興させるために、熟練した箔打ち職人が呼び寄せられたのがはじまりでした。

金沢箔の歴史は今からおよそ420年前の1593年(文禄2年)、前田利家が国元に金箔・銀箔の製造を命じたことが始まりとされています。その後、1696年(元禄9年)に幕府が江戸に箔座を設け、全国の箔の生産・販売を統制しました。箔座が廃止された後は金座にその権限を移し、金箔・銀箔の生産は江戸と京都の箔屋以外には許されなくなりました。しかし、1808年(文化5年)に焼失した金沢城の「二の丸御殿」を再興させるために多量の金箔が必要となり、金沢の地に熟練した箔打ち職人が呼び寄せられました。
これを機に金沢の町人達の間に、製箔業を確立しようという動きが活発になります。その後、さまざまな時代の流れの中、「江戸箔」が途絶えたことで、金沢箔の地位が徐々に高まります。明治・大正・昭和と時代が進む中、箔の製造に適した湿気の多い気候と、箔作りに必要な和紙に合う良質な水などの自然環境にも恵まれた金沢の金箔「金沢箔」が、その地位を盤石なものにしました。

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この町は、金箔問屋を営むのに恵まれた場所。

株式会社タジマは1897年(明治30年)の創業で、私が四代目です。もともとは金箔問屋として始まり、終戦後からは金箔を含む箔関連の商品全般(※銀箔・白金箔・洋箔・アルミ箔、等)の製造、金箔工芸品の製造・販売を行ってきました。そのため、小さい頃からいつも「金」は身近にありました。金箔を材料として扱う金箔問屋は「問屋制家内工業」といって、金を仕入れ、専属の箔打ち職人さんに作らせた金箔の卸し販売を行う形態です。昔から箔打ち職人や商人の多いこの町は、金箔問屋を営むのに恵まれた場所だったと思います。

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極限まで伸ばした優美な輝きをもつ金箔はさまざまな形に姿を変える。

私たちが扱う金箔の厚さはおよそ1万分の1~3mmです。まさに極限の薄さまで延ばす熟達した職人の技と経験がものをいいます。1,000分の1mmまでは手で触れることができますが、1万分の1mmになると、手で触れた瞬間に崩れてしまうため、竹箸でしか触れません。その製造工程は多岐にわたりますが、職人が多くの手間をかけて極限まで延ばした金箔は、どんなものにも加工しやすく、金ならではの優美な風合いを魅せてくれます。
金箔は漆器や陶器などの工芸品だけでなく、名刺や和紙、脂取り紙や化粧品、料理にも使用されるなど、日常のさまざまなものにかたちを変えています。これが、なにに触れてもその輝きを損なわない「金」ならではの魅力であり、付加価値だと考えています。
品質の高い金箔に加えて、「金箔の印刷用素材」を開発したことで、より手軽に金装飾が行えるようになりました。金沢では現在、町家・古民家などの空き家をリノベーションして、カフェやギャラリーなどに活用することがブームになっており、リノベーションの際に和紙で作ったふすまや障子を金箔で彩るなどの装飾が注目を集めています。工芸品の枠を出て、デザイン・インテリアとしても「金沢箔」の活用が拡がっているのです。

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「ホンモノ」に出会い、「生涯学習」を続けること。

このように金沢箔の魅力をより多くの人に感じていただける新たな活用方法を模索しながらも、お正月に家族で一年間の無病息災を願う「お屠蘇(とそ)」や、五月人形・ひな人形といった、古くから日本の家庭に親しまれているお祝い文化、伝統工芸が絶えないような取り組みも大切にしています。時代と共に変わっていくもの、時代に流されず変わらないもの、その両方の価値を信じて、これからも「金沢箔」を軸にその魅力を伝えていきます。

今後も「金沢箔」が永く続いていくためには、それを扱う私たちが「生涯学習」することが大切です。現在、私の跡を継ぐ長男が修業に入っていますが、自ら学び、感性を磨くこと。一流と呼ばれるようになるには、自分が心から美しい!と感じられる「ホンモノ」に出会う機会をたくさんつくって、それを自分のモノ作りに活かしてほしいと思います。

私もその気持ちを忘れずに、生涯学習を続けていきます。

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