更新日:2018年04月30日

Japan Vision Vol.106|地域の未来を支える人 香川県丸亀市
山一木材 三代目 ・ KITOKURAS ディレクター
熊谷 有記さん

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讃岐平野のほぼ中央に位置する丸亀市綾歌町(あやうたちょう)で70年以上にわたり、無垢・自然乾燥・高齢樹にこだわった住宅用木材の製材と販売を手掛けている、山一木材株式会社三代目、熊谷 有記(くまがい ゆうき)さんのメッセージをご紹介します。

有記さんにとって、「木」は子どもの頃から常に身近な存在でしたが、「尺貫法(しゃっかんほう)」で勢いよく語られる大工たちの言葉はまるで「暗号」。毎日重い木材を担ぐ祖父と父が誰かに腕相撲で負けるところを見たことがなかったそうで、さらに腕の内側と肩には“髪よりも太い剛毛”が生えていて、筋肉は岩のように硬かったそうです。さらに仕事中はいつも汗まみれで、終業時間には、体中“おがくず”だらけ。三姉妹の長女として、実家の跡継ぎのことが気になりながらも、「家業は男性の仕事」という印象が強く、大学・社会人と違う道を志しました。

そんな有記さんに転機が訪れたのは、東京で「デザイン・ディレクター」の仕事をしていた2008年(平成20年)の時のこと。有記さん指名で受けたお仕事が、偶然にも「木」を使った商品の開発で、「子どもや女性にも木の魅力を伝えるために!」と「木で作るブローチ」を考案しました。この仕事の相談ができるのは父しかいない!と、父:國次さんにサンプル作りをお願いしたところ、実家から届いたさまざまな種類の「木」でできた丸いサンプルがとても美しく、その香りと手触りの心地良さは一生忘れられない、と有記さんは言います。
実家が扱う無垢の「木」の魅力を実感し、これは受け継いで行かないといけない!と、2010年(平成22年)1月に、山一木材に入社しました。現在、三代目として國次さんの見習いをしながら、「ほんものの木の魅力」を伝えるプロジェクト、「KITOKURAS(木と暮らす)」のディレクターを務めています。今回はそんな“女性の匠”からのメッセージです。

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ほんまもんの木の良さ。木と暮らすことを伝えたい。

これが、「KITOKURAS(木と暮らす)」のコンセプトです。この空間はすべて「木」で作られていて、誰でも使用できるギャラリーや図書館、木製品を中心とした日用品のショップ、お子さまが遊べる木の遊具、そして奥にはカフェがあります。国道を挟んで、山一木材の向かいにあるこの土地ですが、10年前までは何もなく、「どうやったら、人が集まるだろうね」と、父と話し合いながら一から作りました。もちろんまだ完成したわけではありません。父といろいろな構想を考えていますが、すべては自然乾燥で仕上げた無垢の木の良さ=「ホンモノの木の良さ」を多くの方に実感していただくための空間です。

私がまだ小さかった頃、山一木材が毎年お盆と正月に開催していた「競り市」には、まるで町のお祭りのようにたくさんの人が集まっていたことを覚えています。自然乾燥で仕上げた良木を、価格の良い時にたくさん仕入れてストックしておこうと、本当に大勢の大工さんや工務店さんが工場を訪れました。その日に向けて樽のお酒と升、福引きなどを用意し、また大量の「どじょう汁」を作るなど、家中大忙しです。「競り市」の当日は、落札された原木に次々と「赤札」が貼られ、競りに参加する大人たちの体からは湯気が立ちのぼるほどの活気でした。
そんな「競り市」もだんだんと来る人が少なくなり、私が大学に行く頃にはまったくといって良いほど活気が無くなってしまいました。それは大工さん達が「必要な時に、必要な木だけを買う」というスタイルに変わっていったこと、また、大手のハウスメーカーさんが、自然乾燥で仕上げた無垢な木よりも、細かく切った木を接着剤で貼り合わせて作る「集成材」を重宝するようになったことの影響でした。自然乾燥で仕上げる無垢の木にこだわってきた、祖父と父の喪失感は、計り知れないものだったと思います。

無垢の木には「集成材」では決して出せない、木の香りと手触りの心地よさがありますが、「木は生きている」ため、乾燥する過程で沿ったり曲がったりしていきます。強度的にはまったく問題ないのですが、それが家を建てるお客さまのクレームに繋がり、曲がらず割れない「集成材」や「高温乾燥材」が重宝されるようになったのです。また、現在の家は柱や梁が見えない構造になっているため、無垢な木の見た目の良さも、あまり重要視されていません。
ですが、接着剤で貼り合わせた「集成材」には大きな問題がありました。後に「シックハウス症候群」と呼ばれ社会問題にもなりましたが、接着剤や塗料に使用されている揮発性有機化合物が、室内の空気を汚染していたのです。それでもそれらの材料を使用し続けるために、24時間換気のルールが出来るなど、根本的な解決に繋がらないまま、使用を続けてしまっているのが現在の戸建て住宅事情です。それを大工さんに伝えても、安価で工期も短縮でき、作業も簡単な「集成材」から「無垢の木」に戻すことはとてもハードルの高い提案でした。

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家を建てるお客さまに「木の良さ」を伝える。

「ほんまもんの木の良さ」と「木と暮らすことの素晴らしさ」を伝えるべきは実際に木の家や家具を手にする一般のお客さまだ!と方向転換して、「競り市」ではない、別の形のイベントを開催しようと考えました。そこで父と立てた構想が「KITOKURAS」です。一般のお客さまが、材木屋に木を見に足を運ぶ機会はほとんど無いと思いますが、自然豊かな環境にある「カフェ」であれば来てくれるのではないか?また、そこに「木」の良さも実感できて、お客さまにとっても使いやすいギャラリーや図書館、ショップなどがあれば、来る目的や意味に繋がるのではないか?そんなことを考えました。木の魅力をたっぷり感じていただきたいので、カフェは一番奥に建てています。山一木材の材を適材適所に組み合わせて、建築士の経験も持つ父が全て建ててくれました。その時に「私のお父さんはすごい人だ!」って改めて尊敬しました(笑)
図書館やオープンスペースは無料、ギャラリーはご利用いただきやすい価格、内容によってはこちらも無料で提供し、子どもたちの絵画展、一般の方々の書道展や作品展など、さまざまなイベントでお使いいただいています。また、年に4回、地元の農家やパン屋、雑貨屋と協力して、季節感を持たせた「マルシェ」も開催していて、今では毎回たくさんの方が来てくださるようになりました。
 

大工さん・工務店さんと共に、生き残る。
「木と暮らす」お客さまを増やすために、「木の家の見学会」も開催しています。多くの材木屋が、工務店化しいていくような状況がありますが、山一木材はそれをせず、木の家を建てるお客さまを作ることに特化して、施工はこれまでお世話になってきた大工さん・工務店さんにお願いするスタイルを選びました。「競合」になるのではなく、「共存」するための選択です。
そうすることで、木の家を建てるお客さまだけでなく、大工や工務店にも、もう一度木の家の良さを理解してもらえるはずだ!という想いからです。山一木材の自然乾燥で仕上げた、できるだけ高齢樹の無垢の木で建てる、「ほんまもんの木の家」です。実際に家を建てたお客さまは、喜んで見学会に協力してくださいますし、大工さんや工務店さんも、徐々にほんまもんの木材を使うことが、お施主様にとって「大工さん工務店さんと家を建てる強み」として考えてくださることも増えてきたと思います。会社として、利益に繋いでいくのはまだまだこれからですが、スタートラインに立てた!という手応えは感じています。自社のモデルハウスを構想中で、来年冬のオープンを目指しています。

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女の私にも材木屋で出来ることはたくさんある。

小さいころから祖父と父の仕事ぶりを見ていて、材木屋の仕事はとにかく「体力のいる仕事」「難しい仕事」「男性の仕事」というイメージが強く、また三姉妹の長女である私は、両親や親せきから「有記ちゃんの使命は、素敵な旦那さんを連れて実家に帰ってくることよ」と言われながら育ったため、大学に進学するときはそんな実家から早く逃げたい一心でした。
そんな気持ちとは裏腹に、私にもいずれ何らかのかたちで実家の手助けができるのではないか?ということを考え、「空間デザイン」を学び、仕事では「デザイン・ディレクター」の経験を積ませていただけたことが、今ようやく生きていると思います。木材屋の仕事には、色んな人を繋いで全体をコーディネートするような要素が必要になってきていますし、私自身そんな存在になっていきたいと思います。

どんな仕事でも、やり始めてみるととても奥深くて、その仕事でしか感じられない色んな魅力があると思います。私もすっかり「木の家」に魅かれてしまったので、今後もいろいろなことに挑戦して、探求する姿勢を持ち続けていきたいです。

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