更新日:2018年08月31日

Japan Vision Vol.121|未来に残したい行事 佐賀県武雄市
武雄の荒踊

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佐賀県武雄市で毎年9月のお彼岸の中日に開催される、『武雄の荒踊(たけおのあらおどり)』をご紹介します。

『武雄の荒踊』は、旧武雄領のみに伝承される民俗芸能です。その起源については諸説ありますが、1530年(享禄3年)に、島原の有馬氏が武雄を攻めて住吉城に迫った際に、第18代武雄領主:後藤純明が夜襲によってこれを破り、その戦勝祝いに足軽たちが即興的に踊ったのが始まりとされています。その後の1563年(永禄6年)に有馬氏は、第19代武雄領主:後藤貴明を島原に招待し、今度は暗殺を計画しました。後藤貴明は、家臣たちに踊り衣装を着せて同行させ、一応の礼式が終わったところで踊りを披露し、後藤貴明本人も踊りながら退出し、難を逃れました。このときの踊りが『荒踊』として伝えられています。
『荒踊』の構成は、「もっしょ(猛将、模師匠)」と「かき(垣)」と呼ばれる“踊り手”と、笛・鉦・もりゃーし(締太鼓)・大太鼓の囃子方および“謡い手”で構成され、「もっしょ」を中心にして円陣形に人垣を作り、謡い手の唄にあわせて力強く、そして優雅に踊ります。その所作や情緒的な歌詞などは地域的特性が際立ち、伝承の確かな民俗芸能として重宝されているのです。
現在では、中野・宇土手・高瀬の3地区(中野は磐井八幡社、宇土手は正一位神社、高瀬は松尾神社)が「武雄の荒踊」として、1977年(昭和52年)に国の重要無形民俗文化財に指定されました。9月のお彼岸に佐賀県へお越しの方は、ぜひお立ち寄りになってはいかがでしょうか。

■一般財団法人 武雄市観光協会公式サイト「武雄の荒踊」
http://www.takeo-kk.net/event/001418.php


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恵比寿さんは七福神の一人として有名ですが、七福神のなかでも唯一日本由来の神様です。佐賀市内には約800体の恵比寿像があり、その数は日本一と言われています。
恵比寿さんが多い理由は「佐賀城下では海運業が盛んだったから」、「海の神様として恵比寿像を祀った説」、「長崎街道沿いであったため、旅人の安全祈願、それに伴う商売繁盛祈願のために恵比寿像を祀った説」など諸説あります。

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