更新日:2016年11月28日
Japan Vision Vol.40|地域の未来を支える人
京都府南丹市
ひらがいたまご WABISUKE 代表
岡 崇嗣さん
皆さまは「平飼い卵」という鶏卵(けいらん)をご存知でしょうか。「平飼い」とは、読んで字のごとく、平たい地面で鶏を飼うこと、そして「平飼い卵」とは、平飼い飼育で育った鶏たちが産んだ卵を指します。当たり前のように聞こえるかも知れませんが、日本のスーパーなどで販売されている鶏卵のうち、この「平飼い卵」は全体のごく僅かだそうです。その多くは「ケージ飼い」と呼ばれ、一定のスペースで育てられた鶏たちから産まれた卵です。今回ご紹介する、WABISUKE(わびすけ)代表の岡 崇嗣(おか たかし)さんは、人にも鶏にも優しい「平飼い飼養」にこだわった養鶏業を、2年前から営んでいます。岡さんが運営する養鶏場は、日本昔話に出てくるような「かやぶき屋根」の家屋が立ち並ぶ、京都府南丹市の美山町にあります。岡さんには、先進国でもトップクラスの豊かさを誇る日本だからこそ、生き物に対する考え方も前進させたい!そして将来的には、養鶏を通じたビジネス展開で、途上国支援を実現させたい!という熱い思いがありました。そんな匠からのメッセージを、ぜひご一読ください。
将来的には養鶏での途上国支援を実現したいという想いが芽生えました。
僕が養鶏業に携わることになったきっかけは、母の仕事の影響です。母が勤めていた会社は、養鶏業者向けに卵の洗浄や選別、包装などをする機械メーカーで、ちょうど僕が大学を卒業するタイミングで、卵の消費量が多いメキシコに機械を売り込もうという計画がありました。そのコネクションを作る目的もあり、社長がメキシコ留学を薦めてくれたのです。もともと南米での生活や仕事、異文化に興味があったため、留学を決意しました。研究のテーマはもちろん「養鶏」、そして「卵」です。
意外に思われるかもしれませんが、メキシコ人は世界で最も卵を食べる人種で、国民1人あたり1年間でなんと約350個も食べます。日本も約330個とかなりの上位国(2016年10月現在第3位)ですが、それを上回っているのです。また、世界最大の養鶏所もメキシコにあります。どのくらいの規模かというと、1つの「市」が丸ごと養鶏場になっているようなイメージです。広大な草原のいたるところに養鶏場があり、その1つ1つに数十万羽もの鶏が飼養されています。僕が運営しているこの養鶏場が3000羽ですので、どれだけのスケールかおわかりいただけると思います。
養鶏と卵について勉強をしていくうちに、鶏の卵はとても栄養価が高く、生産効率も良いことを認識しました。また、少人数でも運営ができ、卵を産まなくなった後の鶏は食用肉としても活用できるなど、途上国であってもビジネス参入がしやすい実態もわかりました。事実、JICA(独立行政法人 国際協力機構)では、途上国支援の形として、養鶏が活用されているケースもあります。私は、ますます興味を持ち、自ら養鶏場を運営したい気持ち、そして将来的には養鶏での途上国支援を実現したいという想いが芽生えました。
地元京都で「平飼い」をしている養鶏場を探すことにしました。
日本に帰国後、養鶏の実地研修でお世話になった養鶏場で「ケージ飼い」の実情をみてショックを受けました。鶏は本来、自由に動き回り、害虫を取り除いたりするために砂浴びをし、水を飲み、食事を摂り、そして朝、卵を産む生き物です。日本の養鶏場の90%以上が「ケージ飼い」を採用しているのに対し、ドイツやスイス、スウェーデン、オランダなどのヨーロッパ諸国やニュージーランドの全域、アメリカやオーストラリアの多くの州では、「平飼い」を積極的に行なっています。そこで、先進国の中でもトップクラスの豊かさを持つ日本において、地元京都で「平飼い」をしている養鶏場を探すことにしました。そして研修生として受け入れてくれる養鶏場を訪ねた結果、ここ「美山」に辿り着いた、というわけです。
平飼い卵の品質と美味しさを追求した養鶏業を営んでいます。
美山の研修では、住む家も提供して頂き、平飼いでの養鶏をしっかりと学ぶことができましたが、基本は「無給」です。預貯金を切り崩しながらの生活で必死に学び、そろそろ自分でやろうと計画を立てていたところ、養鶏場の主がなんと、「空いている鶏舎があるから、君がやってみるか?」と言ってくださったのです。「ぜひ!」と即決で回答し、それ以来、ここ美山で自分の思い描いていた方法で、平飼い卵の品質と美味しさを追求した養鶏業を営んでいます。
屋号である「WABISUKE(わびすけ)」は、椿の品種の名前です。非常に短命ですが、さまざまな品種の中で最も高貴に咲く花といわれています。たとえ短命であっても、きれいな花を咲かせる!という潔さが、その時の僕の気持ちとぴったりだったため、この名前を付けました。
WABISUKEの鶏舎では、鶏たちは好きなだけ砂浴びをして、水を飲み、食事を摂って、朝には元気に卵を産んでくれます。鶏に与えるのは、トウモロコシなどの穀物に2種類のハーブをブレンドしたコ
クがありすっきりとした味わいの飼料です。そんなストレスフリーな鶏たちはふだんとても静かに過ごしていて、人を怖がりません。そして産まれたての卵は生臭さがまったくなく、黄身はお箸で持ち上げても、爪楊枝を指しても割れないほど、ぷるんぷるんの状態です。1週間以内に召し上がっていただければ、その違いを十分にご実感いただけると思います。
今後の展望について
1:養鶏場としての規模拡張
おかげさまで、WABISUKEの「ひらがいたまご」は、健康志向の高いお客さまを中心にご支持をいただいています。ここ美山では、これ以上の規模拡張が難しいため、現在、京都の「宇治」という土地に5倍規模の養鶏場の建設を計画しています。これまでもこだわってきた、鶏たちが過ごす環境や飼料について、さらに研究と試験を重ねて、より高品質な卵を多くの方にお届けしたいと考えています。
2:食肉鶏としてのブランド化
「平飼い」で育った鶏たちは、しっかりと体を動かしているためか、一般の鶏より筋肉質です。平飼いでもケージ飼いでも、飼料が同じであれば、「卵」としてはそこまで大きな差はないかもしれませんが、食肉としての品質では圧倒的な差が出ます。将来的には、食肉としての加工場もつくり、「平飼い鶏」の独自ブランドで、お客さまに味わっていただきたいと考えています。
3:そして養鶏による途上国支援
国内で養鶏ビジネスが確立できたタイミングで、かねてからの夢である「途上国支援」をしたいと考えています。途上国の皆さまの経済的な独立を支援することは、社会的意義があり、大きなやりがいを感じることができると思います。
もちろん、これらの実現にはたくさんの仲間が必要です。
新たに参加してくれた戸川 倫成(とがわ ともしげ)は、証券会社とコンサルティング会社で活躍した経験を持つ、異例の転身です。彼は僕と初めて会ったときに、こんな人里離れた場所で、たった1人で1000羽の鶏とともに暮らし、育てて、卵を売っている僕に衝撃を受け、どんな狙いをもって養鶏をしているのか、大変興味を持ったそうです。また同時に、大きな可能性も感じてくれたそうです。1人だけだと何をかけても「1」ですが、2人いれば掛け算になりますし、夢があっても、語る相手がいなかった僕としてはとても心強い瞬間でした。
これから日本だけでなく、「食」に対する意識はどんどん高まっていく中で、しっかりとした理想を掲げ、こだわりやコンセプトが明確なブランドだけが勝ち残っていくと思いますし、そこに大きなチャンスを感じています。
今後も決して既成概念にとわられることなく、彼のような仲間を増やして思いっきりチャレンジしていきます!
ページの先頭に戻る