更新日:2017年05月12日
Japan Vision Vol.60|地域の未来を支える人
埼玉県上尾市
芝山象嵌制作者
具嶋 直子さん
芝山象嵌(しばやまぞうがん)を制作して18年の経験を持つ埼玉県上尾市在住の具嶋直子(ぐしまなおこ)さんのメッセージをご紹介します。
皆さまは、「芝山象嵌」をご存知でしょうか。芝山象嵌は、「芝山」「芝山細工」「芝山漆器」ともいわれる日本の伝統工芸のひとつです。工芸の名前になっている「芝山」とは現在の千葉県に残る地名で、江戸時代の後期、この地に生まれた芝山(大野木)専蔵によって創案されたことに由来します。
その特徴は、象牙や貝殻、べっ甲、珊瑚など、さまざまな材料を組み合わせること、その素材をレリーフ状に彫刻すること、漆面などの土台に彫刻した模様が隙間なくはまる窪みを彫り、はめ込んで完成させることです。そのため作品は、絵画とは違う立体感が生まれます。江戸時代には印籠やかんざしなどの人々を彩る装身具として、明治時代には、美しい日本の伝統工芸品のひとつとして横浜からヨーロッパへ輸出されていました。
江戸・明治の技術を受け継ぐ“最後の芝山師”と呼ばれる、宮崎 輝生(みやざき てるお)さん(神奈川県横浜市在住)に師事した具嶋さんは、日本に数人しかいない芝山制作者の一人です。明治の超絶技巧工芸である芝山の魅力を多くの人に伝えたいと、日々作品作りに励みます。そんな具嶋さんのメッセージをぜひご覧ください。
「芝山」作りを志したきっかけ。
私は大学で生化学を学び、卒業後はバイオベンチャーに就職しました。「好きな美術の仕事をしたい」という想いは幼少の頃からありましたが、「美術で食べて行くのは大変」と父のアドバイスがありそれならと、もう一つ自分が好きな科目だった「理科」を学ぼうと考えたのです。
普通の会社員として仕事をして数年が経った頃、「やっぱり“モノづくり”がしたい。できれば日本の伝統工芸を」という気持ちがふつふつと沸いてきて、その時にたまたま雑誌で見つけた記事に目を引かれました。その記事のタイトルは「あとはおメエに任せたぜ!」。内容は様々な業種の職人が作品と技を紹介しながら、後継者を募集しているというものでした。その特集のトップで紹介されていた作品は、金色に磨きあげた硯箱(すずりばこ)(※後に金地蒔絵という技法と知る)に、浮き彫りで「静御前(しずかごぜん)」が施された「芝山」でした。その美しさと見た時の衝撃は今でも忘れられません。その記事を見て初めて「芝山」というものを知り、瞬時に「これだ!」と思い弟子入りに応募しました。
その作品を作られたのが、現在の私の師匠でもある、宮崎輝生先生です。
最後の芝山師:宮崎輝生先生のもとで修業。
宮崎先生は、芝山の第一人者と呼ばれている方で、80歳になられた現在でも素晴らしい作品を作り続けていらっしゃいます。かつて芝山は多くの職人の分業で作られていました。木地をつくる木地師(きじし)や指物師(さしものし)、漆を塗る塗師(ぬし)、蒔絵は蒔絵師(まきえし)、螺鈿(らでん)細工は青貝師(あおがいし)、模様を彫刻する芝山師(しばやまし)、模様を仕上がった土台に象嵌(ぞうがん)する彫込師(ほりこみし)などです。先生の生家も彫り込み専門の「彫込師」でした。
明治時代には数多く制作された芝山ですが、戦後になると多くの職人が制作を辞めるようになりました。そのような状況を憂えた先生は、「芝山が無くなってしまわないように」と考え、後世に残すためには全ての行程を一人で出来なければならないと、家業であった彫り込み以外の全工程を修得、研究したのです。さらに素養として必要な、日本画の技法も学ばれ写生にも努め、古美術品の修理で腕を磨いたと伺っています。これぞ「芝山」という現代作品が生まれ続けているのも、芝山の技術が残っているのも宮崎先生のおかげといっても過言ではないと思います。
先生のご指導のもと、私が初めて図案から手掛けた作品がこちらの「羊歯雨蛙図額(しだあまがえるずがく)」(※掲載画像の11枚目)です。「まず、自分が作りたい作品の絵を描いてきなさい」と先生から宿題を与えられ、自分で構図を描きました。様々な材料を組み合わせて作るのが芝山の醍醐味でもあるので、カエルの胴体や葉は象牙、白目は飴色の「白べっ甲」、黒目はしだ植物の「へご」の黒くてかたい茎、一部の葉には「青貝(アワビの貝殻)」などを使っています。
また、「漆塗り」や「研ぎ出し蒔絵」といった技法にも挑戦しており、とても思い入れのある作品です。コツをつかんだ今ならやりたくないようなすごく複雑なこともやっています。仕事が休みの日に先生の所に通って、指導を受けながらの制作でしたので、完成までに約2年もかかってしまいました。
芝山の技術を習得するうえで、まず必要だったことは「絵心」だと思います。自分が描きたい作品を絵として描けなければ始まりません。次に「手先の器用さ」でしょうか。彫刻刀、やすり、漆刷毛や蒔絵筆など様々な道具を使いこなすことを覚えなくてはいけません。例えば彫刻した模様の接合面の調整は0.1ミリ以下の精密な作業が必要です。それを可能にするのはやはり「根気」だと思います。作品が完成するまでには、精密な作業をとにかく集中してやり続ける必要がありますので、「根気」はとても大切な“素質”かも知れません。さらに、センスを磨いたり、発想を豊かにするために、芝山以外にもいろいろな芸術作品を見に美術館や博物館に行ったり、他の作家の作品を見て勉強することも必要です。そのほか、硬いものを彫刻するので、意外と力も必要です(笑)。
具嶋さんの作品について。
先生のような品のある凛としたものを作りたいのですが、どうしてもかわいらしい作品になってしまうようです。猫やウサギをデザインした帯留などの装身具や、お茶道具の香合(こうごう)などを作っています。現在だと、お客さまの大切な小桜インコ(小鳥の種類)をモチーフにして欲しいと依頼されてペンダントトップを作っています。作るときは、お客さまの大切に思う気持ちを汲み取って形にできるよう心がけています。芝山は、土台が彫り込めるものなら基本的にどんなものにも装飾することが可能です。明治時代には、2m以上もある飾り棚もありましたが、生活様式の変わった現代では、身に付ける装身具として依頼を受けることが多いです。
あらためて芝山の魅力とは?
芝山は「超絶技巧(ちょうぜつぎこう)」と称される明治工芸の一つであるように、美しさと得も言われぬ迫力があることが何よりも魅力ではないでしょうか。芸術作品として、伝統工芸の技法を知るために、また様々な素材についてなど、皆さまに見ていただく価値のある要素がたくさんあります。実際に芝山を見に行けるところとしては、常設ではありませんが、古典なら東京国立博物館、清水三年坂美術館などがあります。また、先生の作る「根付(ねつけ)」は、国内外の根強いコレクターの方々から愛され、一部作品は京都 清宗根付館で展示されることがありますので、ぜひ多くの方に見ていただけたらと思います。私が衝撃を受けた静御前の硯箱もこちらの美術館の所蔵です。ちなみに「根付」とは、印籠(いんろう)を下げるときのストッパーにあたるもので、基本てのひらに収まるサイズに作られる工芸品です。
また、横浜美術館で2017年6月25日(日)まで開催の「ファッションとアート 麗しき東西交流」でも明治時代の芝山作品が数点展示されています。
私も作品展を行う予定です。ご興味がありましたら、お越しいただけますと幸いです。会期:2017年6月11日(日)~6月18日(日) 場所:のばな Art Work GINZA(東京都中央区銀座2-4-1 銀楽ビル 2F)
日本の伝統工芸は、生活の中にも美しいものを置きたいと願った日本人が作り上げてきた芸術だと思っています。その一つである芝山に出会え、制作者の末席にいられることは幸せだと思います。
芝山が今後も長く残るために必要なことは、まず私を含んだ弟子たちが宮崎先生の「後継者」として認めていただけるレベルになるまで、技を磨いていくこと。そして、多くの方に「素晴らしい!」と感じていただけるような作品を残して行くことが大事だと感じております。
これからも、より多くの方に
「芝山」の魅力を感じていただけるように
作品作りをして行きたいと思います。
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