更新日:2018年05月21日

Japan Vision Vol.109|地域の未来を支える人 香川県高松市
菓子木型職人・現代の名工・伝統工芸士/和三盆体験ルーム『豆花』代表・講師
市原 吉博さん 上原 あゆみさん

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四国の中枢管理都市として発展を続けてきた高松市で、40年以上にわたり菓子木型を彫り続け、日本の和菓子文化を支えている、現代の名工:市原 吉博(いちはら よしひろ)さん。そして、市原さんのご次女で、菓子木型で作る和三盆の体験ルーム『豆花』の代表:上原 あゆみさんのメッセージをご紹介します。

「菓子木型」とは、和菓子職人さんが和菓子を成型する際に用いる木型のことです。決して表に出ない地味な存在ですが、優美な和菓子作りには欠かせない大切なものです。しかし現在、この「菓子木型」を制作している職人さんは日本全国でも6~7人、四国では市原さんお一人になってしまったのだとか。市原さんは、そんな状況を憂い、美味しく見た目にも美しい「和菓子文化」と、それを支える「菓子木型」を後世に遺し広めていくための、さまざまな活動をされています。
そしてその活動の一環が、上原あゆみさんが代表・講師を務めている『豆花』です。2009年に開設した『豆花』は、菓子木型で作る和三盆を、誰でも手軽に体験できる空間として、市原吉博さんが作る菓子木型の素晴らしさ、和菓子作りの楽しさを実感できるワークショップなど、さまざまな展開をされています。
今日はそんなお二人からのメッセージです。現代の名工・伝統工芸士である市原さんの菓子木型職人としての使命感、そして未来に遺していくためのお二人のご活動について、お話をいただきました。

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自分より長生きする木型は、職人の魂のようなもの。

■市原 吉博さんのメッセージ

一つの木型を仕上げていくには、単に技術や労力だけでは計れない、とてつもなく大きな価値があります。作った職人にとっても、納品先である和菓子屋さんにとっても、自分の命よりも長生きして、代々受け継がれていくものだから、それは形を超えた“魂”のようなもの。そういう大切なものを作っているという使命感を持って、取り組まなければなりません。
どんな世界でもそうであるように、木型職人として「何年やったから一人前」というものはないんです。10年経っても、20年経ってもダメな人はダメだし、才能豊かな人は数年で品質の高い作品を作ってしまう。木型職人として必要な「才能」というのは、まず手先が器用であること、それと感性の良さ。菓子木型は、魚や花などの立体的な図柄を何種類ものノミや彫刻刀で、左右凸凹が逆になるように彫り進めて行く仕事だから、鍛えようがない範囲の適性が求められます。そして何よりも大切な才能は、緻密な仕事を最後までやり遂げられる我慢強さと情熱。これがなければ、例えどんなに器用で感性が優れた人でも、良い木型を作ることはできません。

あらゆるものが大量生産され,規格化されてきた現在では、職人芸とか名人芸といった言葉はほとんど聞かれなくなってきています。菓子木型の世界も例外ではありません。そんな中、職人になるために一生懸命勉強して、長い経験を積んで、「自信がついた!独立した!さあ仕事だ!」と言っても、その人が職人であることは、誰も知らないのです。まず自分から、菓子木型の職人であることや、自分の作品の個性や特長、世の中の誰に、どんな貢献をしていくのかといったことを発信していく必要があります。
「職人になれば、仕事が入ってくる」という時代は終わってしまっていますし、そもそも職人になってからが本当の始まりです。現代は、個人でさまざまな情報発信ができる便利なツールがたくさんあるのですから、自分から発信して色んな世界の人との繋がりを持つこと。そして、その繋がりの中で、また自分も学ぶという姿勢を持つことが大事です。

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“頼まれごと” は “試されごと”。すべて受けきるのがプロ!

日常のほんの些細なことに対しても、大きいことに対しても、とにかく「いやいや」という人が増えているように感じます。私はどんな状況でも、否定する言葉「いや」とは言いません。それは、自分がこれまで菓子木型職人としてやってくることができたのは、明るさと人を大切にする心だと思うからです。どんな注文でも、全て受け入れて、責任を持って形にする。その積み重ねが、私への信用、仕事への期待に繋がって今があると確信しています。

人間なんていつ死ぬかわかりません。明日死んでしまうかもしれない。だからこそ生きている日々に感謝して、人には、「私なんかと付き合ってくれてありがとう」という感謝の気持ちで接する。そして仕事に対しては、「手間を惜しむな、名をこそ惜しめ」の信条を大切に、作品に一切の妥協や悔いを残さず、見る人を楽しませる和菓子を生み出すための菓子木型を、これからも彫り続けていきます。

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豆のような大きさに、お花のような美しさ。

■上原 あゆみさんのメッセージ

父が創る菓子木型の素晴らしさと、和三盆の美しさ・楽しさに魅かれて、それを誰でも気軽に体験できる空間を創りたい!という想いから2009年に「豆花」を開設しました。「豆花」の名前には、深い意味はありませんが、「豆のような大きさに、お花のような美しさ」を持つ、和三盆のイメージにぴったりだと思い、そのまま屋号にしました。

高松市で生まれ育ち、父の仕事のこともある程度は理解していたものの、職人になる自分を想像することができず、学生時代・社会人ともに、菓子木型とはまったく縁のない生活を送っていました。父の仕事が「アート」であることに初めて気付いたのは、瀬戸内海の「直島」で芸術に関わる仕事をした時です。地元の短大を卒業し、携帯電話の会社で広告デザインの仕事、洋菓子店で販売の仕事などをした後、縁あって「直島」の美術館で仕事をさせていただいたのですが、展示されている美術品と、父が創る菓子木型のイメージが自分の中で重なりました。そこからだんだんと父の仕事、和菓子業界のこと、菓子木型というものの価値を理解して、美味しく美しい「和菓子文化」と、それを支える父の「菓子木型」を後世に遺し、広めていくための活動ができないか、と思うようになりました。

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菓子木型で作る、和三盆の楽しさを伝えるために。

豆花で「ワークショップ」というスタイルを選んだのは、父が2007年に「ドコモダケ」のお仕事をしたことがきっかけです。これは同年秋にニューヨークで開催された「ドコモダケアート展」に際して、父がNTTドコモさんから「ドコモダケ」の菓子木型制作を依頼されたというものです。翌年10月には、東京オペラシティでも開催され、「ドコモダケ」の菓子木型を使った和三盆作りの実演も行いました。来場された方々は、木型に水で練った砂糖を入れるだけで、可愛いお菓子がどんどん出来上がっていくことに驚き、イベント会場に長蛇の列が出来るほどの大盛況ぶりでした。口で説明するよりも、体験してもらう方が伝わる!ということを確信して、それ以降、「木型で作る和三盆」を誰でも体験できる、ワークショップ形式で展開しています。
「豆花」を始めてみて、改めて感じたのですが、菓子木型に対して多くの人が、「とても高価なもの」「敷居が高いもの」というイメージがあり、また和三盆に対しては、「お祝いの席で食べるお菓子、贈るお菓子」と、どちらも身近な存在としては捉えていなかったのです。
敷居の高かった「菓子木型」を実際に使って、誰でも簡単に「和三盆」が作れてしまうワークショップは、子供たちから、若い女性、年輩の方まで、幅広い層の方に好評で、皆さま例外なく、「とても簡単!きれい!美味しい!楽しい!」というご感想をいただきます。海外で行う展示会や、ワークショップでも同様の反応で、「自宅でもやってみたい」「自分のお店のお客さまにも、和三盆を提供したい」と、父の木型をお買い求めになる方もたくさんいらっしゃるのは、とても嬉しいことです。

父は私が小さいころから、とにかく明るく前向きな人です。和菓子の市場・菓子木型の将来に対する不安を口にしたことは一切なく、仕事がない時も「ストックを作るチャンスや!」と、いつも楽しそうに仕事をしていました。残念ながら、父の手先の器用さは、受け継ぐことはできなかったですが、父の明るさは、私も受け継ぐことができたのかなと思います(笑)

「豆花」も10年目を迎えて、おかげさまで、海外のお客さまも含めて本当にたくさんの方がいらっしゃいます。父も私も、香川が大好きなので、ここにもっとたくさんの人を呼べるように、そして「和菓子文化」を支える「菓子木型」を後世に遺して、広めていくために、これからも色んな取り組みをしていきたいと思います。





市原 吉博さん、上原あゆみさん、
とても素敵なメッセージをありがとうございました。

「豆花」は、もともとあゆみさんのお姉さん家族が住んでいた古民家を、リノベーションし、空間コーディネーター:カミイケタクヤさんがデザインを手掛けた、とても洗練されたアート空間です。高松市を訪れる方は、市原吉博さんの名作の数々が展示されているショールームと共に、ぜひ一度「豆花」で和三盆作りを体験されてみてはいかがでしょうか。

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